ペットロスのはじまり

ペット

命あるものは時と共にやがて老いていきます。老いてくれば病気にもなります。病気が進めばいつかは亡くなるものです。これは、命あるすべての者たちが避けることのできないこの世の道理なのです。


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愛する者との別れは避けては通れない

ペットロスは、ペットを喪った悲しみからなる症状として始まるように思うかもしれませんが、ペットロスは別れるときから始まるのではなく、実はであったときから始まっているのです。

命ある者はには必ずいつか終わりの日がやってきます。誰もが通る道で、避けて通ることができないことから、ペットと一緒に暮らすという時点から、すでにペットロスは始まっているのです。

最期まで世話をする責任を引き受けていることからも、自然とペットロスを迎えることになっているのです。

ペットロスになるのは、仏教では「愛別離苦」といって、「愛する者と別れることは避けることのできない苦しみのひとつ」とされ、この世の道理とされています。

ペットへの愛情が生まれれば、この苦しみは避けては通れない道であり、誰もが何らかの喪失感を体験することになります。

ペットの飼い主であるあなたは、犬や猫の命を預かって、さまざまな場面で命を委ねられ、愛犬や愛猫の代わりに選択や判断をしなければならないときが訪れます。

ペットたちはその純粋さ忠誠さから、飼い主さんであるあなたの判断や選択を全面的に受けいれて一生懸命に生きてくれますので、ペット自身は精一杯したことで後悔はありませんが、飼い主である私たちは、その選択や判断によって後悔することも多々あり、自らペットロスを引き受けているのです。

愛しているからこそペットロスになる

ペットロスの引き受け方は人それぞれ違いますが、ペットとの愛情関係、別れ方、暮らし方、年齢、性格などによって変わってきます。

傾向としては、ペットへの思いや愛情があればあるほど、愛犬や愛猫との別れは辛く悲しいもので、支えられたり助けられたりすればなおさらのことです。

この思いは悲しいからだけではなく、愛情の裏返しが悲しみに変わるものであり、これから先の愛情の分も含めて裏返すことになるので、とても辛く苦しい悲しみになります。

それは、それだけ愛犬や愛猫を愛することができたということでもあり、愛しているということでもあります。

愛してなければ辛くも悲しくも苦しくありません。愛犬や愛猫を喪ってすべてが終わってしまうのではなく、今も愛しているからこそペットロスになるのです。

その悲しみの中には「いつまでもずっと愛しているよ」という密かな気持ちが隠されているのです。この気持ちは、亡くなった愛犬や愛猫たちに届いています。

飼い主さんが、こんなにまでも愛してくれていることを愛犬や愛猫たちは仏様となってすべて知っているのです。

ペットロス=自分自身

ペットロスは飼い主さんの性格によっても引き受け方は異なります。同じ別れ方を経験したとしても、楽天的な性格の飼い主さんと、悲観的な性格の飼い主さんとでは受け止め方は異なります。

責任感が強く真面目な性格の飼い主さんは、ペットを亡くしたことに対して必要以上に自分を責めてしまうかもしれませんし、感受性の豊かな性格の飼い主さんにとっては、人生でこれほど辛いことなないと感じるほど、とても辛いことになるものです。

このように、自分自身の性格によってペットロスの状態は変わってきますので、ペットロスの始まりは、実はペットと出会う前の自分自身からすでに始まっているともいえるのです。

ペットと出会うことから学びのときが始まっている

最愛のペットを喪うときには、その子と向き合うことになりますが、実は自分自身とも向き合うことにもなります。

「ペットととは何か?」「自分とは何か?」「生きるということは何か?」というように、別れは人生を問うきっかけとなります。今後の人生に善い影響を与えるべく命はあなたに問いかけることでしょう。

そして、あなたのことをよく知る愛犬や愛猫たちが素敵な仏様となっているのですから、このようなことに気づかせるべく、その尊い命で教えてくれるのも、飼い主さんであるあなたを護る仏様の導きによるものなのです。

ペットロスの始まりは、飼い主さんであるあなた自身から始まっており、飼い主さんとペットが出会うことから学びのときが始まっていたのです。

つまり、ペットロスとは、飼い主さんであるあなたに何かを気づかせるための人生のメッセージでもあり、悲しいだけではなく幸せに生きるための命からの贈り物でもあります。


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