命の亡くなるときには人生の節目がある

花

ペットを突然なくしてしまうと、「身代わりになってくれた」というとうなことを言われたり、聞いたりしたことはありませんか?そのように言われて辛い気持ちになったこともある飼い主さんもいらっしゃることでしょう。


スポンサードリンク

生きることで最愛のペットに恩返しをしましょう

「きっとあなたのために身代わりになってくれたのよ」と、人は飼い主さんのためと思って言うことがありますが、「代わりになれるものなら私だって代わりになってあげたい」という思いがありますから、このように言われてしまうと自分のせいで亡くなったとと思い、辛く苦しくなってしまいますよね。

もしも本当に飼い主さんの身代わりになってくれるようなことがあるのでしたら、飼い主さんは愛犬や愛猫に命を助けられたことになりますから、精一杯生きることで恩返ししなければなりません。

これからの人生を幸せに暮らしていくことで、天国で応援してくれる愛犬や愛猫などのペットに報いなければなりません。

命の亡くなるときには人生の節目があるもので、不思議なことに時が人生と重なりますから、身代わりになったというようなことを言われているのかもしれません。

この不思議な時が重なるのには意味があり、飼い主さんを助けるためにやってきた命がペットとなって生まれ変わり、必要な時間を飼い主さんと一緒に暮し、役目を果たしたので命の定めに遵って時を終えた、ということになります。

しかし、これは身代わりということではありません。飼い主さんの人生を支える役目であり、使命でもありますので、そのために命を使うことはあるものです。

飼い主さんに何かを伝えるために出来事を通じて助けたり教えたりすることはあっても、飼い主さんの身代わりになることはできません。

なぜかというと、それはあなたの人生だからです。自分の代わりというものは存在しません。すべての命は各々のものであって誰のものでもなく、あなたの身代わりでもありません。

命は与えられ、授かってきたもの

どんなにお金をかけてケアしたとしても、どんなに手厚く保護したとしても、短い命でもいいからと授かってき子たちは命の定めに応じて時を終えます。

また反対に、どんなに手をかけなくても、どんな試練があったとしても、何度も危機を乗り越えて、長い命を授かった者たちは定めがくるまで長く生きるものです。

命は与えられたものであって奪われるものではなく、授かってきたものであって減ることもなく、この世で生きる時間を愛する者や好む者と過ごして命の期限を迎えると、誰のせいでもなく時を終えるのです。

その期間は、飼い主さんを助け支えるために必要な時間であって、愛犬や愛猫が自らあなたを選んでペットとして生まれてきたのです。

姿も言葉も違う、もともとの寿命も違うけれど、それでもあなたに会いたくて、側にいたくて、あなたに触れていたくて、犬として、猫として、インコとして、うさぎとして、ペットという命の姿を借りてきてくれたのかもしれません。

ペットたちはあなたに会いたくて出逢ったのです。時間の長さでは計ることのできない愛情を一身に受け、時の定めに遵ったのですから、何歳であっでも皆『天寿』なのです。


スポンサードリンク

コメントを残す

サブコンテンツ

このページの先頭へ