ペットの供養の時節について

犬1

人が亡くなったときには何らかの葬送の儀があり、悲しみから立ち直れるようにと昔からの慣習として節目があります。


スポンサードリンク

心の節目となる供養

葬送の儀とは、枕経・お通夜・お葬式・初七日・二七日、、、四十九日・百ヵ日・一周忌、、、と、家族や親族、友人や知人などが集まります。

そして心の進展具合に応じて、お互い想いを共有していくことで悲しみが癒えるよう、供養の時節があり心の節目となるように時が定めております。

しかし、ペット場合は、ペットブームとなった現代でもあっても、そういった一連のことが習慣化されていません。

また、そこまでしなくてもという思い込みからしないこともあり、悲しみをすべて一人で抱え込んでしまい、心の節目となる供養をしないこともあって、いつまで経っても悲しみが癒えることがなく、心に安らぎが訪れないこともしばしば見受けられます。

辛く悲しいは時は長く感じるもの

供養することは心の節目となり、想われる者にとっても想う者にとっても、どちらにとっても善いものだと思います。

これは心理学の視点から見ても人の悲しみや苦しみを癒すために善いものであるので、どの世界でも形は違えども何らかの形で儀式が習慣として昔から受け継がれていると考えられます。

愛するペットを喪って悲しみや苦しみ、後悔で凝り固まった心を解きほぐすためにも、喪に服す期間の月日を費やしてもおかしなことではありません。

時間というもの1つの基準であって、いつまでという期限はありません。時間の感覚は人それぞれ違うものですので、楽しいときは早く感じますし、辛いときは時が過ぎるのが遅く感じるものです。

1つの基準がなければ持ち合わせできませんから時間を設けてありますが、目をつむって1分数えてみても、皆同じにならないように、心の時間の経過も人それぞれです。


スポンサードリンク

コメントを残す

サブコンテンツ

このページの先頭へ