高齢のペットを喪ったときのペットロス

猫1

犬もネコもインコもハムスターも年をとります。高齢になって命の時を迎えると、理想的な看取りから大往生とも言われます。精一杯生き抜いてくれたのだから、見送る側も悔いの残らないということでもあります。


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ペットの場合は何歳であっても悔いが残る

ただ、『大往生』とは人の場合です。人の場合は言いたいことを言いますし、できることはしますので、ここまで精一杯生きたのだからと諦めもあり、見送る側の人たちの後悔は軽くなることがあります。

しかし、ペットの場合は何歳であっても飼い主さんにとっては悔いが残るものです。それは、ペットと人間では言葉が違うことも大きな要因です。

「最期にせめて何か言ってくれたら」と思うこともありますし、「私に何か伝えたいことがあったのではないか」と思うこともあります。

言葉が違う故に悔やんでも悔やみきれないことが飼い主さんにはあることでしょう。何か言ってくれたらと思っている飼い主さん、愛犬や愛猫の言うことは決まっていると思います。

それは、「ありがとう」です。「出逢ってくれてありがとう」「側にいてくれてありがとう」「一緒の時を過ごしてくれてありまがとう」と言ってくれることでしょう。

何か伝えたいことがあったのではと思っている飼い主さん、愛犬や愛猫が伝えたいことも決まっていると思います。

それは、「大好きだよ」です。「飼い主さんのことが大好きだよ」「飼い主さんの笑顔が大好きだよ」「飼い主さんが優しく触れてくれた温かい手が大好きだよ」「飼い主さんのにおいや温もりが大好きだよ」と言ってくれることでしょう。

天から与えられた命の最期まで飼い主さんと一緒にいたのは、愛犬や愛猫が飼い主さんのことが大好きだからです。何歳だからではなく、何歳であっても最期まで一緒にいたかったのです。

ペットが一緒に過ごしてくれたすべて時に感謝する

また、何よりも人とペットの関係性は「うちの子」「我が子」であって、飼い主さんにとっては子供を喪ういうなものですから、人の年齢に換算していくら年上のペットであっても、見た目は可愛いく愛しい姿のままなので、大往生であっても看取るのはつらく悲しいものなのです。

年老いた者を見送るときのイメージとしては、ゆっくりと穏やかに安らかに眠るように亡くなると思い込むこともあり、そうあってほしいと願うものです。

しかし、最期を看取ることが辛い場面になることもあります。それは、苦しむ姿を見るかもしれません。叫ぶ姿を見るかもしれません。フラフラな姿を見るかもしれません。

それでもあなたの愛犬や愛猫は最後の最後まで生きようと頑張っていたのですから、心底から褒めてあげてください。

また、病気などであっても最後まで一生懸命に頑張ろうとしている愛犬や愛猫などの姿を見ると、今まではずっと「頑張って!」と応援してきたのに、あまりの頑張りように、ふと「もういいよ」「もう頑張らなくていいよ」「楽になってもいいよ」と思ったり、話しかけたりすることがあります。

すると不思議なことに、その言葉のあとに命の灯火が消えることがよくあるものです。しかし、飼い主さんは「あんなことを言ってしまったから」「あんなことを思ってしまったから」と自分を責めてしまうことがありますが、飼い主さんが変なことを言ったからでもありませんし、口に出したからでもありません。

今まで苦しくても飼い主さんの願いに応えて頑張って、飼い主さんの応援があって頑張ってきたのです。その様子から飼い主さんの許しが与えられたから、思い残すことなく天国へ逝ったのです。

飼い主さんの「もういいよ」という温かい祈りの中にあって、幸せに天国へ逝ったのですから、すべてのことを許してあげてください。

飼い主さんに「頑張って」と励まされながら天国へ逝くことも幸せならば、飼い主さんに「もういいよ」と温かく祈られて天国へ逝くことも幸せなことなのです。

ペットと一緒にいた時間も長く、それだけ愛情を育んできましたから愛着もあり、大往生であっても悲しみは尽きるとこなく切ないものです。

ペットロスで苦しんでいる飼い主の皆さん、これまでの時を愛犬や愛猫が一緒に暮らしてくれたのですから、すべての時に感謝しましょう。


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